選挙制を疑う

共訳者の岡﨑晴輝先生より、以下をご恵贈頂きました。先日のご論文に引き続き、誠にありがとうございます。

  • ヴァン・レイブルック, ダーヴィッド [2019] 『選挙制を疑う』岡﨑晴輝/ディミトリ・ヴァンオーヴェルベーク (訳), 法政大学出版局

選挙制を疑う(サピエンティア) (サピエンティア 58)

ここ最近のデモクラシー理論界隈では「くじ引き民主主義」や「ロトクラシー」をめぐる議論が活発になっているのですが、本書はこのテーマを考えるために必読の一冊であると思います。

古代や中世における抽選制の歴史から、現代のさまざまなミニ・パブリックスの実践や抽選制議会の提案まで、非常に豊富な情報を手際よくまとめながら、民主主義をより民主化するために抽選制に向かうべきとの主張を力強く押し出しています。

文章は読みやすく(これは訳者のご苦心の賜物でしょう)、分量もそれほど多くありませんので、啓発的かつ論争的な議論として学生さんにもおすすめしやすいと思いました。参考文献や関連ウェブサイト、関連団体なども数多く紹介されており、抽選制入門として大いに活用することができそうです。

ちなみに私自身はと言えば、くじ引きによって代表者を選出することが望ましいかどうかについて、(今のところ?)懐疑的な立場です。選挙の場合はすべての有権者が(それがどんなに些細なものであれ)公的意思決定への影響力行使の機会を得ることになりますが、くじ引きの場合は誰もが公職者に選ばれる可能性があるとはいえ、くじに当たらない限りは影響力行使の機会が一層限定されるとも言えます。無作為抽出の「市民代表」もまた代表者でありうると認めた上でも、それを選挙という権威付与メカニズムに基づく代表者より「民主的」な存在だと考えるべき理由は、実のところ見出しがたいのではないかと考えています。

この点は、訳者解題で指摘されているような、「将来的には選挙制議会を抽選制議会で置き換えようとしているのか、それとも選挙制議院と抽選制議院の二重代議制を維持しつづけようとしているのか」(219頁)といった立場の分岐とかかわります。選挙に基づく代表性と組み合わせるべきものとして抽選に基づく代表性を捉えるのか、選挙に取って代わるべき代表の仕組みとして抽選を捉えるのかは大きな違いで、実際に著者の考えがどちらなのかをめぐって論争が生じたことも紹介されています。同じ分岐をめぐる私の見解が、抽選制は代表性の補完や多元化という位置づけでの限定的な活用可能性を認められる、というものにとどまっているということですね。

ただし、本書でも触れられているように、抽選制の制度設計は多様な可能性に開かれており、それは選挙制が多様であるのと似ています。どのようなバージョンの抽選制であるかによって、その評価も変わりうるでしょう。選挙制の制度的多様性をめぐっては既に膨大な議論があるところ、今後は抽選制の制度的多様性に関する議論が増えていくのかもしれません。そうした可能性を感じさせる本であると受け止めました。